「手打房とき」の思い出

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今日は武蔵野うどんのメッカ、東村山を代表する名店の一つであった「手打房とき」のご主人の一周忌。

ときには500回以上通いました。
通い始めて2年目から記録を取り始めたので、正確な数字はわかりませんが。
毎年新年最初の訪問時には、ご主人に「去年は100回達成できなかったぁ」などと前年の記録を報告するのが習わしでした。w

ときのうどんの特徴は、太い、堅い、色が濃い、よじれが少ない、そして小麦がほど良く香る。。。
つゆも、甘、辛、酸に旨味がハイレベルでバランスしていて、うどんに負けない力強さが有りました。
一言で言うと、マッチョなうどん。

ときではいろいろなことを教わりました。
うどんの美味しさ。
これ当たり前。
うどんの打ち方。
ほんの手ほどきだけですが。
そして、お店で常連客になることの楽しさ、居心地良さ。
エトセトラ。

本当によく足を運んだものです。
仕事に行く前に食べて、帰りにまた寄って食べて。
「飽きちゃうんじゃない?」とか言われたり。
夜遅く閉店間際に寄ることが多くなったら、「りうさんのために1人前取っておくから」と言ってくれたなあ。
このハンドルネームもときのご主人が命名者なんです。
自分を「りうさん」なんて呼ぶ人は他にいません。
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ときの代表メニューは、もちろん、肉汁うどん(画像は大盛)。
武蔵野うどんの証。
もっとも当のご主人は「自分では武蔵野うどんだと思ってないよ」と言ってましたが。
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そしてカレーうどん。
NHKの「うまいうどんを打つ」(高田延彦の番組)ではカレーうどんの達人として登場してました。
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夏はつけおろしも良かったな。
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かけとろやたぬきも見た目豪快、食べて繊細。。。とはいかぬものの、なかなか美味しかったです。
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天ぷらは?
う~ん、いかにも男の料理という感じでしたね。
でも、人気は有りました。w

ご主人自身は何が好きだったんだろう?
聞いたのに忘れました。
営業時間が終わると、厨房にしゃがんでズズズ~~っと良い音立てて啜ってましたっけ。
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我儘を聞いてくれたのも、良い思い出。
「肉におろし入れてね」とか「野菜天ぷらを玉ねぎオンリーで」とか。
「我儘な客だな」とか言いつつ、断ることはなかったです。

閉店後2人で将来を語り合うことがありました。
「70になっても打てるかなあって考えたりするよ」という述懐を聞いたことがあります。
実際には、残念ながら、打つことはできませんでした。
70の10年前に生涯を閉じたのですから。
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ときさんには後継者がいませんでした。
お子さんはお店では一度もお目にかかりませんでした。
弟子もいませんでした。
弟子入り希望者がいなかったのかどうか。
今となってはわかりません。
ご自身は「おじ貴に教わった」そうですが、自らは誰にも教えませんでした。
プロとしては。
だから、哀しいかな、ご主人の他界はときの終焉を意味しました。

でも、ときはその味を知る人々の心の中に生き続けるでしょう。
それだけの名店であったと自分は思っています。
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最後にときの人気ぶりを示す画像を貼っておきます。
開店前の行列です。
こんなに並ぶうどん店はそう多くないと思います。

この記事へのコメント

2013年01月06日 22:51
りうさん、大切な思い出ですね。
常連客になる喜び、楽しさ、よく分ります。
常連客になって初めて秘密の扉が開きますからね。
出来るならば店主に好まれる常連客てありたいと思います。
                  合掌
2013年01月08日 01:08
達さん

店主に好まれ、他の店員やお客さんにも疎まれない常連になりたいものですね。
常に自戒したいです。
mune0401
2013年01月29日 12:53
一年前にお亡くなりになっていたんですね。全く知りませんでした。
以前少し休んで再開した事があったので、今回も再開があるかと思っていましたが、非常に残念です。
私もときの大ファンで、りうさん程ではありませんが、埼玉県さいたま市から東村山方面に何か用事を作っては、ときのうどんを食べに行っていました。私の中では、間違いなくナンバーワンのうどんだったので、二度と食べれないのは残念です。ご冥福をお祈りいたします。
2013年01月31日 00:45
mune0401さん

コメント有り難うございます。
遠くからいらしてたんですね。
自分も再開を期待していました。
期待叶わず、とても残念です。
誰よりもときさんのうどんを食べられたことを誇りに思っています。
コバ
2013年08月13日 11:28
3年前まで秋津に住んでおり、よく利用さしてもらいました。遠方に引越しましたが、また、利用したいと思っておりましたが非常に残念です。
ここよりうまいうどんはありませんので
2013年08月13日 14:59
コバさん

コメント有り難うございます。
きっと一度ぐらいお会いしたことありそうですね。
ときさんは多くのファンの記憶に生き続けていますね。
これからもそうでしょう。
きのっぴぃ
2013年10月09日 20:20
20年以上も前ですが、となりのアパートに住んでいました。
うどんが大好きなので週に2~3度は食べていました。
当時は建て直す前だったので行列ができるようなことはなかったですが、人気はありましたね。
遠方に引っ越して数年ぶりに行ったら、見事に綺麗なお店になっていました(笑
おやじさんも私のことを覚えていてくれて、すごく嬉しかったものです。
おやじさん亡くなってしまったんですね・・・
すっごく残念です。
また、あの美味しいうどん食べたかったです。
おやじさんの作ったうどんが世界一美味しいと今でも思っています!
2013年10月09日 22:16
きのっぴぃさん

コメント有り難うございます。
お隣というのはときの入り口の反対側のことですね。
なるほどそれならちょくちょく行けますね。
建て直す前のお店をご存じなんですね。
自分は見たこと無いです。
写真でも有れば、見てみたいです。
ちなみに、ご主人のお話によると、最初は玉売りから始めたそうです。
その時の店舗は、今は建物が建ってしまいましたが、長く契約して使っていた広い駐車場に在ったとか。
ヤマザキYショップの向かい側ですかね。
ときを知る人は皆さんときのうどんが一番とおっしゃいます。
自分もそう思います。
それが食べられないのは、痛恨の極みです。
ほりごたつ
2013年11月12日 04:01
自分もときに通った一人です。僕の人生の一番つらい時期を支えてくれた味です。閉店は知っていましたが、お亡くなりになっていたとは。。あの味は今でも鮮明に思い出せます、それほど強烈な印象を残す味でしたよね。
ごちそうさまでした!!!!!
2013年11月12日 13:51
ほりごたつさん

コメント有り難うございます。
この記事をアップしてだいぶ経ちますが、コメントを下さる方が時々いらっしゃるので、うれしいです。
それと、ときさんにはファンがたくさんいたんだなあとあらためて感じます。
あの味は忘れられませんね。
2017年06月24日 09:58
りうさんがこれほど通われたお店、相当美味しかったんでしょうね
味だけでなく、色々と思い出もあったようですね
自分も何度も通った中華食堂があったんですが、ご主人の体調不良でやむなく閉店してしまいました
こういうのってとても寂しいですよね・・・
2017年06月26日 00:31
ゆけむりさん

ときは万人向けとは言えないかもしれませんが、「ときが1番」と思っている熱烈なファンが多かったです。
自分もその一人です。
ときのロスを埋めるために、今もうどんを食べ歩いていますが、完全に満たされことは無いと諦めています。
ゆけむりさんも同じような経験をお持ちなのですね。
喪失感は簡単には埋められないですよね。

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